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大阪高等裁判所 平成12年(行コ)42号 判決 2000年12月26日

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の本件訴えのうち、原判決添付別紙第一の公文書目録記載1及び2の文書中各最低制限価格以外の部分に係る文書を開示しないとの公文書非開示決定の取消しを求める訴えを却下する。

3  被控訴人の原判決添付別紙第一の公文書目録記載1及び2の文書中各最低制限価格に係る文書を開示しないとの公文書非開示決定の取消請求を棄却する。

4  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二事案の概要

一  事案の概要は、次項のとおり当審における控訴人らの主張を付加するほかは、原判決「事実及び理由」の「第二 事案の概要」欄(四頁五行目から一八頁五行目まで)記載のとおりであるから、これを引用する。

ただし、四頁末行の「開示しないとの」の次に「原判決」を、九頁四行目の「将来」の次に「の」を各付加する。

二  当審における控訴人らの主張

1  争点1について

控訴人らは、乙第五号証を提出し、最低制限価格に関する事項以外の事項を開示したうえ、乙第五号証作成の基となった落札関係書類のうち、無作為に抽出したものについて検証の申出をした。これは、被控訴人の求める開示と同等の開示であるから、予定価格調書中最低制限価格に関する事項以外の事項の開示を求める部分は、訴えの利益を欠くというべきである。

2  争点2について

(一) 本件条例九条は、「実施機関は、公文書の開示の請求に係る公文書に次の各号のいずれかに該当する情報が記録されているときは、公文書の開示をしないことができる。」と定めているところ、右「開示をしないことができる」とは、開示請求のあった公文書に記録された情報が本件条例九条各号のいずれかに該当する情報である場合に、原則開示の例外として、実施機関に当該公文書を非開示とする権限を与えたものであるから、実施機関にその公文書を開示するか否かについての裁量権(自由裁量)を与えたものではなく、実施機関は、開示請求のあった公文書に本件条例九条各号のいずれかに該当する情報が記録されている場含には、当該公文書の開示をしてはならないものである。そして、最低制限価格が本件条例九条八号にいう「入札に関する情報」であることは明らかであるから、最低制限価格の開示(事後公表)が特定のもの(業者)に不当な利益をもたらすおそれがあるか、若しくは最低制限価格の開示(事後公表)が将来の同種の事務事業の公正若しくは円滑な執行に支障が生ずるおそれがあると認められるときは、実施機関は、最低制限価格を開示してはならないこととなる筋合いである。したがって、控訴人らが最低制限価格を非公開としたことが違法であるか否かは、右の観点より判断されるべきである。

(二) 本件処分に瑕疵があるか否かは、本件条例九条八号に該当する情報が記録されていると判断した実施機関の法(条例)解釈が誤まりであったか否かの判断に帰着するが、実施機関はその判断過程において一定の裁量を有するから、その判断結果が、裁量の範囲を逸脱しているか否かが問われるべきであるということになる。しかるに、原判決は、事後的・客観的に、「本件処分時において、最低制限価格を開示した場合に、特定のものに不当な利益若しくは不利益が生ずるおそれや、和歌山県の行う今後の入札契約締結事務の公正及び円滑な執行に支障が生じるおそれがあったと認めるに足りる証拠はない。」と判断しているのであり、判断の対象を誤っているものである。判断の対象は、本件処分時において、最低制限価格を開示した場合に、特定のものに不当な利益若しくは不利益が生ずるおそれや、和歌山県の行う今後の入札契約締結事務の公正及び円滑な執行に支障が生じるおそれがあると判断した実施機関のその判断に誤りがあったか否かということでなければならない。そうでなければ、本件の如き場合についても、前述のように、実施機関の判断に一定の「裁量」の許されることが法的に評価されず、事後的・客観的な裁判所の判断と一致しない限り、実施機関の法的判断が常に取り消されることになる。

(三) 原判決は、本件条例九条八号所定の「おそれ」というのは、単に、そのような蓋然性があるというのでは足りないのであって、当該文書の開示によって、右事態を招致する具体的な可能性があることが客観的に認められる場合でなければならないと解されるとし、かつ、最低制限価格を事後公表したからといって入札の競争性低下や工事の安全性低下が生じる具体的可能性を認めることはできないと判示する。原判決の右判示が、現に某社が採算を度外視して落札したこととか、そのために手抜工事をして県道で決壊が生じた等の客観的事実が生じたとか生じる具体的可能性がなければ、本件条例にいう「おそれ」があると判断してはいけないという趣旨であるとすれば、右の概念は、控訴人らを敗訴させるために殊更条例の規定を狭めようとした意図的なものだというほかない。いうまでもなく、具体的とか客観的とかいう一般的・概念的な言葉で個々具体的な入札行為を規律するのではなく、本件入札制度において、制度としての「おそれ」の存否を判断すべきである。すなわち、本件条例九条八号所定の特定の業者に不当な利益をもたらすとは、法が予定している入札制度における価格形成によらず落札者の地位を獲得すること(そのおそれ)自体であり、また、将来の同種の事務事業の公正若しくは円滑な執行に支障が生ずるというのも、法が予定している入札制度が健全に機能しないこと(そのおそれ)を意味するものである。

(四) 原判決は、設計金額の積算等について相当な若しくは一定の積算能力を要するとしたうえで、そのような推測が可能な程度に積算能力を有する業者であれば、自社の採算や必要経費等を考慮することなく、安易に最低制限価格付近の価格で落札するということは考えられないところであると判示するが、これは、証拠に基づかない判断であり、明白な経験則違反の判断であるというほかない。高度の積算能力を有する大手・中堅のゼネコンが倒産したり、経営の危機が現実のものとなっている現在の日本、和歌山県の現状をみるだけで、採算や必要経費等を考慮することなく、安易に落札の結果を求める危険な企業の存在を懸念するのが常識であることは明白である。

(五) 控訴人らは、最低制限価格を非開示とすることの実質的理由を具体的に述べてきたのに対し、原判決は、最低制限価格を開示すべしとする積極的理由を全く示していない。

第三証拠

証拠関係は、原審及び当審記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。

第四当裁判所の判断

一  争点に対する当裁判所の判断は、次のとおり付加、訂正、削除するほかは、原判決「事実及び理由」の「第三 争点に対する判断」欄(一八頁七行目から(二八頁九行目まで)記載のとおりであるから、これを引用する。

1  二一頁一〇行目の次に改行して次のとおり付加する。

「4 控訴人らは、当審においても、前記第二、二、1のとおり主張するが、原判決が詳細に説示するとおりの理由(原判決第三、一)により、採用できない。なお、控訴人らは、当審においても、乙第五号証作成の基となった落札関係書類のうち無作為に抽出したものについて検証の申出をするところ、その趣旨は、乙第五号証の正確性を検証する趣旨であると解されるが、仮に、正確性が確認できたとしても、本件請求に係る予定価格調書自体が閲覧に供されるとか、その写しを交付するということにはならないから(検証は、裁判官が五感の作用により直接に事物の性状、現象を検閲して得た認識を証拠資料にする証拠調べである。)、採用しない。」

2  二二頁初行から九行目までを削除する。

3  二七頁四行目の「そのような」から七行目の「ある。」までを「本件処分時には、既にバブル経済が崩壊し、建設業者の淘汰が進んでいる状況において、右のような推測が可能な程度に積算能力を有する業者が、自社の採算や必要経費等を考慮することなく、安易に最低制限価格付近の価格で落札するおそれがあるとは直ちにいえず(工事の安全性については、施工業者の審査や工事中の監督を通じて安全性を確保する方途もある。)、また、最低制限価格を事後公表している自治体が増加しているところ(甲一五ないし二〇)、本件全証拠を検討しても、これらにより具体的に弊害が生じたことを認めるに足りず、結局控訴人らの主張する入札の競争性低下や工事の安全性低下が生じる具体的可能性を認めるだけの的確な証拠はないというべきである。」と訂正する。

4  二八頁五行目の次に改行して次のとおり付加する。

「4 当審における控訴人らの争点2に関する主張(一)ないし(五)について検討する。

(一) 右主張(一)について

本件条例九条の『実施機関は、公文書の開示の請求に係る公文書に次の各号のいずれかに該当する情報が記録されているときは、公文書の開示をしないことができる。』との規定は、その文言からしても、また、本件条例一条の条例の目的(この条例は、県民の公文書の開示を求める権利を明らかにするとともに、公文書の開示に関し、必要な事項を定めることにより、県民の県政に対する理解と信頼を深め、県政への参加を促進し、もって開かれた県政を一層推進することを目的とする。)、前記三条の条例の解釈及び運用等に照らしても、本件条例九条所定の非開示事由に該当する場合に、実施機関において、開示しないことができるし、場合により開示することもできるという効果裁量を認めた規定であると解すべきであって、控訴人ら主張のように開示してはならない規定であると解することはできない。そして、本件条例九条所定の非開示事由に該当しない場合は、実施機関において、公文書を開示しなければならないことは、当然である。

(二) 右主張(二)について

確かに、本件条例九条八号所定の非開示事由に該当するかどうかは、一義的に明確なものではなく、特に、『当該事務事業若しくは将来の同種の事務事業の公正若しくは円滑な執行に支障が生ずるおそれがあると認められる』かどうか等は、行政事務の全容を把握した行政機関(実施機関)でなければ的確な判断ができない場合があると考えられるから、その意味では、右判断については、行政機関の要件裁量が一定限度認められるべきものである。そして、右判断の適否については、裁判所が独自に実施機関と同じ立場に立って判断をやり直すのではなく、本件条例九条八号に該当すると判断した実施機関の判断が合理的なものといえるか否かを判断することになるものと解される。

控訴人らは、原判決が事後的・客観的に判断しており、判断の対象を誤っていると主張するが、原判決は、控訴人らが本件条例九条八号に該当すると判断した理由について子細に検討し、その要件裁量が合理的かどうか判断しているものと解されるから、原判決に所論のような誤りがあるとはいえない。

(三) 右主張(三)について

当裁判所も、原判決と同様の理由により、本件条例九条八号所定の『おそれ』というのは、当該文書の開示によって、右事態を招致する具体的な可能性があることが客観的に認められる場合でなければならないと解するのが相当であると判断する。なお、原判決は、最低制限価格を事後公表したからといって、入札の競争性低下や工事の安全性低下が生じる具体的可能性を認めることはできず、開示することにより、特定のものに不当な利益若しくは不利益が生ずるおそれや、和歌山県の行う今後の入札契約締結事務の公正及び円滑な執行に支障が生じるおそれがあったと認めるに足りる証拠はないと判示しているのであって、入札契約締結事務一般について判断していることは明らかである。

そして、後述するとおり、本件条例九条に該当するか否かの主張、立証責任は、控訴人ら側にあると解されるから、控訴人らは、入札の競争性低下や工事の安全性低下が生じる具体的可能性を立証する必要があるということになる(その場合の立証方法として、控訴人ら主張のような事例を立証することが考えられる。)。

(四) 右主張(四)について

確かに、控訴人ら主張のとおり、高度の積算能力を有する大手・中堅のゼネコンが倒産したり、経営危機に陥っていることは、公知の事実であるが、その主たる原因は、バブル経済のころに買い漁った不動産の価格が下落し、不良資産化したことや受注先の金融機関からの借入れについて債務保証したこと等であると認められる(公知の事実)から、採算や必要経費等を考慮することなく、安易に落札の結果を求めたからであるとは必ずしもいえず、他に控訴人らの主張を認めるに足りる的確な証拠はない。

(五) 右主張(五)について

本件条例九条の非開示条項に該当するか否かの主張、立証責任は、それが本件処分の適法性を基礎付ける事項であるうえ、本件条例九条八号所定の『当該事務事業若しくは将来の同種事業の公正若しくは円滑な執行に支障が生ずるおそれ』等は、行政機関(実施機関)側の事情であり、その内容を把握できる立場にあることを考慮すると、行政機関(実施機関)側にあると解するのが相当である。そして、本件条例九条八号所定の非開示事由に該当しない場合には、実施機関は公文書を開示すべきことになるところ、原判決は、控訴人らの主張、立証を検討した結果、本件条例九条八号所定の非開示事由に該当することの立証がないと判断したものであり、右検討の過程において、控訴人らの主張(実施機関の判断)を採用できない理由について判示しているから、控訴人らの主張は、理由がない。」

二  よって、原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 見満正治 裁判官 辻本利雄 裁判官 角隆博)

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